STORY of
NGK SPARK
PLUGS
NGKスパークプラグの歴史
“3つの軌跡”をたどる
車体が進化しても、「スパークプラグ」がなければガソリンエンジン車は動かない。かつて海外製が主流だった時代に国産化に挑み、やがて世界のスタンダードへと登り詰めた「NGKスパークプラグ」。
極小の火花に込められた、モノづくりの執念と進化のストーリーを“3つの軌跡”でたどります。

STORY
of
NGK SPARK PLUGS
STORY 01
ゼロからの
国産化に挑戦
「焼き物」の技術で世界に挑む
自動車の時代が
始まりつつあった日本
1920年代、日本では自動車の利用が少しずつ広がり始めていました。都市部ではバスやトラックが交通手段として使われるようになり、人や物の移動を支える新しい乗り物として注目されていました。こうした自動車の普及は、自動車部品の需要の高まりにもつながっていきます。しかし当時、日本で使われていたスパークプラグの多くは海外製でした。
そんな時代の中で、後に日本特殊陶業の初代社長となる江副孫右衛門はアメリカで自動車産業の発展を目の当たりにすることになります。
アメリカ視察から
始まった決意
スパークプラグ開発の発端は、1920年(大正9年)。
江副は、米国視察の折に立ち寄ったデトロイトの工場で週産150万個というプラグ生産のスケールに圧倒されました。「自動車産業は、日本においてもいずれ電力産業に比肩し得る存在になる」。そう確信した江副は、培ってきた陶磁器技術を活かし、プラグの国産化を決意します。
苦難の開発
しかし、開発の道のりは決して平坦ではありませんでした。
当時の国内市場は、ドイツやアメリカなどの海外ブランドが席巻しており、それらに対抗できる性能が求められていました。スパークプラグには高い電気絶縁性、機械強度、精密な寸法精度に加え、エンジン内部で繰り返される急熱急冷や振動に耐える耐久性が必要です。
こうした条件は、従来の磁器製品とはまったく異なる水準でした。
試作と改良を重ねる中で、研究開発から5年後の1926年(大正15年)、ようやく満足のいく試作品が完成します。これにより、国産スパークプラグの実用化に大きく近づきました。
品質へのこだわり
全国販売に向けた準備を進めている最中、品質検査でわずかな不良品が見つかります。
社内には「数個の不良なら問題ないのではないか」という声もありました。しかし江副は、発売の中止と市場からの製品回収を決断しました。
その後、品質ばらつきの原因が絶縁体の焼成方法にあることを突き止め、米国ハロップ社製のトンネル窯を導入。さらに材料配合の改良などを重ね、品質の安定化を実現しました。
米国視察から約10年。1930年(昭和5年)、ついに国産初のスパークプラグ「NG点火栓」が誕生します。
NGKスパークプラグの誕生
発売当初、製品は「NG点火栓」という名称で販売されていました。
しかし1934年(昭和9年)、海外メーカーへの採用をきっかけに転機が訪れます。購買担当者から「NGという名前は“No Good”を想起させる」という助言を受けたのです。
この助言を受け、商標は「NGK点火栓」へ変更されました。
この名称が、現在まで続くNGKスパークプラグの始まりです。
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STORY 02
技術の進化
史上最強のスパークプラグへ
スパークプラグを守る
絶縁体の進化
スパークプラグの絶縁体は、灼熱と高電圧、爆発の衝撃などから心臓部を守る「鎧」の役割を担っています。1937年のスパークプラグの製造開始より、エンジンの高性能化に合わせて素材を進化させてきました。現代のハイパワーなエンジンでも確実に火花を飛ばすことができるのは、長年磨き続けてきたNiterraグループ独自のセラミック技術があるからです。
熱を逃がす「銅」の導入
中心電極の内部に熱伝導の良い銅を封入した「銅芯入り電極」を開発しました 。これにより、過熱を防ぎながら幅広い速度域で安定した性能を発揮する「ワイドレンジ」が実現しました 。この製品を「NGKスーパー」と命名し、1958年(昭和33年)9月に発売しました。
「理想の細い電極」への
アイデアは、ここから始まる
1971年(昭和46年)に開発された「Vプラグ」は、中心電極に耐食性・耐消耗性に優れた特殊貴金属合金チップを採用することで、電極径を1mmに細くすることに成功しました 。
長寿命化を実現した
白金プラグ
1982年(昭和57年)、電極に白金を採用したスパークプラグが登場します。
白金は高温環境でも摩耗しにくい特性を持つ金属であり、電極の耐久を向上させる素材です。中心電極と外側電極の放電部に白金チップを使用して電極の消耗を低減させ、交換距離の長寿命化を実現。
また、一般タイプのスパークプラグに比べて電極の先端を細くしたため、着火性が向上して燃費の改善にも寄与しました。
極細電極を可能にした
イリジウム
1996年(平成8年)には、非常に融点の高い金属であるイリジウムを採用したスパークプラグが開発されます。
イリジウムは極めて高い耐久性を持つため、電極を極細に加工することが可能です。これにより、着火性能と加速性に加え、燃費向上にも繋がりました。スパークプラグはエンジン性能を支えるより重要なパーツへと進化していきました。
飽くなき進化
2011年(平成23年)には、世界初の新素材「ルテニウム配合中心電極」を採用した「プレミアムRXプラグ」を発売 。「NGKスパークプラグ史上最強」のプラグとして、着火性、燃焼効率、耐汚損性、耐消耗性など、スパークプラグに求められるあらゆる性能を高次元で凌駕しています。
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STORY 03
世界へ広がる
NGKスパークプラグ
ブラジルでの地道な営業から、F1の頂点へ
知名度ゼロからの海外展開
1950年代、海外拠点の設置の検討を開始します。その最初の拠点となったのがブラジルでした。1959年(昭和34年)、ブラジルに現地法人を設立し、スパークプラグの生産を開始。当時のブラジル市場は欧米ブランドが強い影響力を持っていましたが、役員や営業担当者がスパークプラグを売り歩き、一日に何十件も訪問するなど懸命な営業活動を続けたことで、1964年には同国におけるすべての四輪・二輪メーカーにNGKスパークプラグが採用され、ブラジル市場で高いシェアを獲得します。
その後もアメリカ、マレーシア、タイ、イギリスなど、世界各地に生産・販売拠点を設立。世界のどこへでも製品を供給できる体制を構築することで、世界市場での存在感を高めていきました。
レースで証明された実力
NGKスパークプラグの名が世界に広がるきっかけの一つが、モータースポーツでした。
1964年(昭和39年)、伝統のマン島TTレースで、日本のメーカーが優勝したことを皮切りに、複数の日本メーカーがさまざまなレースで活躍。優勝車はもちろん、上位入賞車のほとんどにNGKスパークプラグが装着されていたため、「優勝の陰にNGKスパークプラグ」と、その優秀性を認められることとなりました。
その後、1965年には四輪レースの最高峰、F1においてNGKスパークプラグの装着車が初優勝を遂げます。
レースで培われた信頼が、NGKスパークプラグを世界に広げるきっかけとなりました。
技術進化への対応とグローバルなOEM採用
世界的なエンジンの高性能化のニーズの高まりや規制強化に対し、当社は「ワイドレンジプラグ」や「抵抗入りプラグ」、さらに着火性と耐久性を高めた「白金プラグ」や「イリジウムプラグ」など、さまざまな製品を次々と開発しました。これらの技術力と品質が評価され、欧米をはじめとする世界の主要な自動車メーカーからOEM(新車組み付け用)として採用されるに至り、世界的な信頼のブランドを確立しました。



